日本の国はここがおかしい

将来の希望を失いつつある日本、国民が安心して生活できる国になるにはどうすればいいか

年金のモデルケースと同様に政府の経済認識も実態とずれている

老後に2000万円不足するという金融庁の試算で利用されたモデル世帯を見て、こんな家庭は少数派にすぎずモデルたりえないという批判がおこった。


これと同様に日本経済に対する政府の認識も大きく現実とずれている。政府の経済に対する政策は現在においても、新しい財やサービス、市場をつくり、富を創出する活動を行うのは企業であって、家計や政府ではない。したがって、経済政策には富を生み出す唯一の 主体である企業を活性化するスタンスが必要である、という認識から成り立っている。


しかし、それではバブル崩壊以降自民党公共投資補助金にあれだけ多額の税金を投入した経済対策はどうして企業を活性化できず、景気回復につながらなかったのだろうか。


その答えは、今の日本の経済は企業重視の経済政策では改善できない段階にあるからである。


輸出産業が多くを占める日本の大企業は、昔は日本の工場で製品を作り海外に輸出していた。この時点では企業が利益をあげればそれは国内での投資増につながり雇用も増えた。


円高の進行により、日本の製造業が海外生産に比重を高めるにつれ、企業の投資額の内国内で投資される割合が減っていった。完成メーカから部品メーカーへと進出企業が広がるにつれ、企業収益が国内に投資される比率はますます低下していった。

 

今では中国は勿論他のアジア諸国も生産基地だけではなく、市場としての注目度を増している。日本企業は海外市場開拓を積極化しており、海外展開の重点ターゲットは従来のような成熟した米欧先進国市場ではなく、今後中長期的に成長の見込めるアジア市場に移っている。つまり、日本の企業は海外で生産し海外市場で販売する。そこでは、日本経済はほとんどスルーされている。

 

注目すべきは、内需型企業も、海外市場への進出を加速させていることだ。これらの経済活動が日本の景気と雇用に何の効果があるだろうか?企業にとっては利益となり、一部は日本に送金され配当として日本に還元されるかもしれないが、全体から見れば微々たるものである。

 

もはや、ここの企業の繁栄と日本経済の発展、国民の幸せはリンクしていない。政府が経済対策を実施するときはこの事実に目をむけるべきである。