日本の国はここがおかしい

将来の希望を失いつつある日本、国民が安心して生活できる国になるにはどうすればいいか

日本の借金など何の問題もない

日本の財政については危機的自容器用にあると言われている。現代ビジネスでも670兆円の資産があっても「借金まみれ」な日本の財政の異常さという記事を書いている。

 

この記事の主張は資産は670兆円あっても売れない。貿易が経常黒字であってもそれは民間も加えた話であり、国の財政とは関係がない。日本は対外純資産が世界一といってもそれも民間を加えた話であり、政府だけではむしろマイナスてある。だから日本政府の財政は危機的状況にあるというものであり、結論はもっと増税すべきだあったというものである。

 

ここにはいくつもの間違いがあるが、根本的な間違いは日本の財政赤字の拡大原因をどうみるかという点にある。

 

この文書の作者は原因を高齢化等による支出の増加と考えているようだが、もっと大きな原因は20年以上も及ぶ日本経済の停滞である。この間に成長率の低い欧州諸国さえ1.5倍から2倍以上に経済を成長されているが、日本は横ばいかむしろ減少させている。

 

財政悪化の主な原因はこの経済停滞であり、それをもたらしたのは政府の国民からの増税等の搾取である。過去にもっと増税していれば、さらに経済は低迷し財政は今よりむしろ悪化しただろう。

 

また、民間の資産と政府の財政は無関係としているが、これらは密接な関係がある。生産設備がしっかり維持されていれば、50年国債を固定金利で大量に発行したとしても財政に対する悪影響は最小限にとどめられる。

 

国債増発でマネーストックが増加しインフレになったとしても、財政にはむしろプラスである。国内産業が健全で貿易黒字が継続していれば、投機的な動きで極端なインフレや円安にになることはない。ハイパーインフレの発生条件には国内で商品供給が滞ることが必要だからである。

 

さらに投機的な動きで円安にになったとしても、国内産業が健在であれば輸出が増加し円安を是正する方向に働く。さらに物価の上昇や金利上昇により既発国債の価格は下落し期日前償還をすれば返済負担は軽減される。

 

民間が健全であれば、いざとなれば、適切なインフレ政策と資産課税等の導入で国家財政は何時でも健全化できる。

 

もう外出禁止令を出し、これを徹底しない限りコロナ感染は防げない

新型コロナが大阪を中心に蔓延しているにもかかわらず、政府は蔓延防止措置以上の対策をうとうとはしない。

 

経済の爲か緊急事態宣言をだしても効果がみこめないと諦めているのか政府の対応は遅い。しかし、このまま放置し感染が拡大すればオリンピックが開催できなくなるだけではなく、日本経済に致命的な打撃を与えることになる。

 

国民の自主的な活動に依存する感染対策はもう限界にきている。営業時間を8時に限定しても強制力がなければ営業する店は多い。

 

中途半端にダラダラと長期間規制するよりは短期間に厳しい措置をとる方が感染対策としても経済に与える影響を軽減する上でも有効である。

 

政府がとるべき手は8時以降の外出禁止令の実施と違反者に対する徹底的な取り締まりである。夜の街だけではなく通常の仕事を含め8時以降の外出を禁止すべきである。

 

これを実施すれば経済的に損失を受ける者は多くなるが補償金等は支払う必要はない。日本国民に非常時には全員で犠牲を払うということを常識として植え付けるべきである。

中国と取引している企業はリスクに備え準備をすべき時期にきていることを理解すべし

アメリカと中国の対立が決定的になってきた。従来中国と密接な経済関係を続けてきたEUも中国との対立を明確にしていた。欧米各国は中国を民主主義とは相いれない勢力として再認識しつつある。

 

日本ではまだ政治と経済は別とばかりに、中国市場の発展を取り込むべく多くの企業が中国との経済関係を強化している。しかし、そこには多くのリスクが存在する。アメリカと中国との対立が今以上に厳しくなり、過去の東西冷戦のような関係になれば、中国企業との取引が多い企業についてはアメリカでの商取引で制限を受けることになるだろう。

 

日本政府もアメリカの圧力を受け、それに同調せざるをえなくなり、先端企業の中国での設備投資や合弁などはいずれ認められなくなるだろう。

 

さらに台湾や南シナ海での対立が激化すれば、日本と中国の対立がヒートアップし日本製品不買運動だけでなく、最悪の場合は中国にある日本企業の資産の没収ということもありえる。

 

中国が経済的な圧迫を政治対立の解消に利用するのは常套手段であり、中国に進出している日本企業の資産は日本の対中政策に対する人質である。

 

中国とアメリカと同様に中国と日本も地政学的に見ても相いれない。今後ますます日本と中国は様々な分野で対立することは避けられない。

 

一時的な中国の対日友好政策に騙され、中国に進出し投資しようとする企業は、それを失っても致命的にならない範囲にとどめるべきである。

 

いずれにせよ、中国への設備投資は日本を滅ぼしかねない仮想敵国に塩を送るようなものであることを理解すべきである。

人手不足が明確であっても、ワクチン接種を歯科医にすらまかせられない業界既得権を守る規制の存在

ワクチンの輸入が拡大しても注射を打つ人員が大幅に不足しており、一般人までワクチ注射が終るのは何時になるかわからないというのが日本の実情である。

 

その原因は医師法が医療行為は医師しかできないと定めるからだ。看護師は保健師助産師看護師法に医師の指示に基づいて診療を補助できるとの規定があるため注射を打てる。歯科医師を含めそれ以外の職種は現在の法解釈で予防接種の注射はできない。

 

さすがに今回は歯科医にもワクチン接種をみとめようとする動きがあるが、それには法律改正が必要となり時期が何時になるかはわからない。

 

アメリカやイギリスが臨機応変に歯科医や医学生、訓練をうけたボランティアにまでワクチン接種を認めていることと比較し日本の非常時対応能力の低さと制度の硬直性が際立つ。

 

日本には業界団体の利益を守るために制定された規制が多く、それが日本社会の柔軟な変化を妨げている。医師法などもその典型であるが、それ以外にも例えば弁護士法では法廷での弁護活動だけでなく、有料での交渉代理等の行為まで弁護士の専権事項とされ、それをすれば弁護士法違反となる。しかし、交渉等は別に弁護士でなくても知識があればできる行為であり、弁護士だけに限定する理由は何もない。これなども弁護士業界を守るための規制である。

 

同様なことは税理士法にもある。税理士以外が有料で税務の相談にのることは税理士法違反となねが、申告行為以外の税務相談などは別に税理士でなくてもできることであり、税理士に限定する必要はない。これも税理士業界を守るための規制である。

 

これ以外にも農業や廃棄物処理とか多くの業界で業界を守るための規制が存在し、それが日本の発展を妨げている

 

これらの規制は監督官庁と密接に結びつき互いの利益が合致しているため、簡単には廃止できない。

日本でワクチン開発だけでなく、接種も遅れをとる理由

日本ではコロナが日本に上陸した当時、ワクチン開発の動きが報道されていたが、蔓延した現在日本からワクチンが実用化されたという話は聞かない。

 

またワクチンの接種においても日本は先進国は勿論後進国と呼ばれる国々と比べても大きく遅れている。オリンピックを成功させるためには早期にワクチン接種を実施しコロナを収束させることが最善の手段であるにもかかわらずである。

 

他にも、病床数は世界で最も余裕があったはずが、いざコロナが蔓延すると、患者数はアメリカやヨーロッパに比べれば圧倒的に少ないにもかかわらず、病床不足が大きな問題となっている。

 

その原因は日本では伝統的に継承されてきた不必要な規制や事務処理手順が何ら見直されることなく前例踏襲されていることである。

 

その事例を最近身をもって体験した。胃カメラを飲むことになったのだが、今回は鼻から入れる胃カメラということであった。

 

ところが看護婦が事前手続きとして聞き取りしてきた内容はグラグラしている歯がないか等、口内に関することが大部分を占めていた。これは口からカメラを入れる場合は必要な事項だが、鼻から入れる場合には不要な質問である。

 

それを指摘したところ、聞かなければならないことになっているという返事であった。口からカメラをいれるしかなかった時代の質問が鼻からカメラをいれることが可能になってもそのまま残っているのである。

 

日本の規制や事務手続きは一事が万事このとおりである。海外で使用され十分検証されていても日本で同じ検証手続きをしないとワクチンや薬が利用できないとか、しっかりした自動踏切があっても一旦停止を強要するとか、不合理な規制や事務手続きが多く存在する。コロナ感染の当初保健所がパニックにおちいったのも不合理な事務手続きのせいであった。

 

日本では万一の場合責任追及されることを恐れ、あるいは変えることで利権を失うことを恐れてできるだけ前例を変えることを避ける傾向がある。

 

その結果が今回のコロナ対応の遅れであり、デジタル化の遅れである。

 

不合理な規制や事務手続きを見直し改善しない限り、日本はますます転落していく。

文科省主導の大学改革の失敗

大学改革は今年で30年になるが、近年日本の研究開発力が落ちている。世界の主要学会誌への日本の論文の掲載数は、2000年ごろは5位以内だったが今や10位近くまで落ちた。法人化で近視眼的な成果主義が導入されたことが原因の一つである。短期で結果の出る研究にばかり予算がついた結果、基礎研究に回る予算が減少している。

 

改革は、文科省から通知や調査として現場に降ってくる。予算を握る側にこと細かに言われるうち、各大学は文科省の移行を忖度して、根拠も必要性も疑わしい改革を形式的かつ過剰なまでに実施していく。文科省は、次々に横文字の改革の小道具を現場へ下ろす。だが、成果を具体的に検証している気配はなく成果につながっていない。

 

90年に全国約9万人だった大学院生は、91年の大学審議会答申が2倍以上へ増やすよう求めると急増して、ピークの2011年は約27万人となった。

 

しかし、大学審や文科省が、院卒者の多い国で彼らがどんな社会的利益をもたらしているか、日本でどの程度、院卒者の需要が見込めるかなどを詳細に検討した形跡はない。結果は、大学院を出ても就職先のない高学歴ワーキングプアの量産かる結果となっていめが、文科省にはこの失敗の反省もない。

 

文科省の官僚中心の大学改革は明らかに失敗であり、改めて方針を見直す必要かある。このまま放置し続ければ、日本の科学技術や産業の衰退に直結する。

 

毎日新聞 大学改革30年参照

放射能汚染水の海洋放出は避けられない。対案も無いのに反対するのはただの我儘

放射能汚染水について菅首相が海洋放出の方針を示した。これに対し全漁連は風評被害の発生を危惧し反対を表明した。

 

その他マスコミでも反対の意見が見られる。しかし、どの反対意見を見ても、汚染水をどう処理するかの具体案が提示されていない。

 

汚染水がたまり続ければいずれ保管できなくなる。さらに何らかの事故で汚染水が漏れる危険性も高くなる。水は最終的には海にかえすしかない。それが嫌なら蒸発させて水蒸気とし、世界中に汚染水の雨を降らせるか、汚染水からできた湖でも作る以外にない。

 

結局のところいずれは海に放出せざるをえない。国民の利益を守ることは重要だが、当然国家と国民の利益と一部の国民の利益が相反することはありうる。この場合国家は一部の国民の利益を無視してでもより多くの国民の利益を守るために決断しなければならない。

 

漁業者に如何に不利益が生じようと国家は汚染水の始末をつけるべきである。漁業者への対応は別に補償等を考慮すれば十分である。