日本の国はここがおかしい

将来の希望を失いつつある日本、国民が安心して生活できる国になるにはどうすればいいか

これは名誉棄損かつ営業妨害だろう。「木村拓哉と山口智子、今さら「落ちぶれコンビ」共演の裏事情…生き残りに必死」

マスコミは表現の自由を盾に、好き勝手なことを書きちらしているが、特に芸能人に対しては相手が表立ってマスコミと対決しにくい立場であることをいいことに好き放題書いている。

 

たまたま見つけたこのBusiness Journalの記事などもその典型である。
という刺激的な表題がつけられている。

 

木村と山口を落ちぶれコンビと断定している。確かにピーク時と比較すれば人気の低下は否定できない事実ではあるが、「落ちぶれコンビ」という表現が客観的な事実かと言えばそんなことはない。

 

2人を落ちぶれコンビと断ずることは明らかに悪口であり名誉棄損に該当する。また、このような事実無根のイメージを流布することは明らかに2人に対する営業妨害でもある。

 

芸能人に対しては、人権を無視して好き放題悪口や名誉棄損を書き散らすマスコミが多いが、これらの人権侵害行為に対しては、適正な厳罰を与える仕組みをもっと整備しなくてはならない。

 

芸能人だからと一般人より人権侵害を容認すべき理由は何一つない。

韓国人が反日なのは、自分達の祖先の無能さを認めたくないからにすぎない。

  ジョブコリアが運営するアルバイト求人求職ポータル「アルバモン」は29日、光復節解放記念日)を控えて大学生718人を対象に実施した「韓国の友邦と敵国」アンケート調査の結果を発表した。

  大学生は「韓国に非友好的な敵国があると思うか」という質問に対し、91.8%が「ある」と回答した。 その国を尋ねる質問では「日本」が54.3%で最も多く、 「北朝鮮」は21.4%で後に続いた。

 

韓国での組織的な反日教育の大きな成果である。

 

韓国人が反日教育を徹底する裏には彼らの多きに劣等感と恨みがある。歴史を客観的に見れば、朝鮮民族は国民的な抵抗運動もしないまま大きな流血も無く日本に服従した。

 

これは常に強い者に従うという朝鮮民族の伝統的な対応であった。日本による植民化の過程で、ごく一部の抵抗運動はあったが国民的な抵抗運動がなかったことは、否定しようのない事実である。

 

これは当時の朝鮮王朝が国家としての体をなしていなかったからであり、このことは朝鮮民族にとっては容認できない恥でもある。この7歴史的事実をそのまま認めたくないという意識が必要異常に日本を悪にしたてたがっている大きな動機の一つである。

 

さらに、朝鮮の独立が日本の敗戦という外部要因で実現したことも朝鮮人の誇りを傷つけている。

 

彼らの抵抗運動も確かにあったが、それらは日本の敗戦がなければ朝鮮の独立に繋がることはなかった。

 

韓国の工業化においても日本の貢献は大である。莫大な戦後賠償金と日本からの投資が韓国の工業化に結びついたことは、客観的に歴史を見れば否定でききない事実である。

 

しかし、誇り高い韓国人にはそれは耐えがたい真実であり。第三者がそれを指摘すれば、韓国人得意の抗議行動でその言論の抑圧しにかかる。

 

結局のところ韓国人の反日は近世の歴史的事実を受け入れがたい屈辱と感じる劣等感に触発されてるものであり、国家的規模の反日教育により、三井゛からの先祖の無能さを日本の極悪さに起因するかのように歪めているものである。

 

韓国人が真に歴史を客観的に認識し、自らの祖先の無能さが近世の朝鮮民族の悲劇を生んだことを謙虚に認めない限り、日韓が正常な隣国として協力関係を築くことはできない。

 

韓国人が日本を仮想敵国と考えるように、日本人も韓国については絶対に信頼すべきではない。劣等感に動かされ事実を歪める国は最も信頼できない危険な国である。

裁量権の無い裁量労働では結局のところサービス残業を増やすだけ

裁量労働の導入でムダな残業を減らすということが働き方改革の一つの目玉として提案されている。

 

しかし、日本企業の現状では裁量労働がその理想通りに機能することは難しい。裁量労働制というのは、「あるタスクを完遂する上で、時間のかけ方や仕事の進め方を、自分の裁量でコントロールし、主体性を持って仕事に向き合う」という考え方に立って、「求められる成果を上げていれば、出退勤は自由」という運用をするものである。

 

しかし、そのタスクを与えるのは上司である。時間管理がないのを良いことに、上司が業務量を増やしてしまい、事実上労働条件の大幅な悪化となる」といったケースが十分に考えられる。

 

元々、日本企業の場合、上司が部下の仕事の詳細を把握していない場合が多いので、本来時間内でこなすべき仕事量を適正配分することができない。

 

日本企業では名ばかりの管理職が多く存在し、これがサービス残業の温床になってきたが、今後はこれに名ばかり裁量労働を追加することで、今より一層サービス残業を増やしていくことになるだろう。

間違ったデータを提示し国民を欺くのは官僚の常套手段

働き方改革で裁量労働制を推進する為に厚生労働省が提示したデータが問題視されている。一般労働者の最も長い労働時間と裁量労働者の平均労働時間を比較し、裁量労働の方が労働時間は少ないという根拠として提示したのである。

 

バレないはずがバレてしまった。当然厚労省側は単なるミスと主張するだろうが、そんなことはありえない。

 

都合の良いデータを探し、なければでっちあげてでも国民を欺き自らの主張を通そうとするのは日本の官僚の伝統的手法である。

消費税増税においてもそのようなデータが多く提示されてきた。社会保障の質が全く異なるにもかかわらず単純に税率だけを比較し日本の消費税率は低いと印象付け増税を実現してきた。

今回の場合は、都合の良いデータを見つけることができなかった為に異なるデータを組み合わせて都合の良いデータをでっち上げたものだろう。

これらの行為は官僚にとっては国民と同じく政治家もこの程度でごまかすことのできるバカな存在としか認識されていないことの証明である。

安倍総理もなめられたものである。

来年の消費税増税はやはり止めるべき

GDPは連続増加しているが、実質賃金は伸びず消費も停滞している。 内閣府が14日発表した2017年10-12月期の国内総生産値)速報値は、物価変動を除いた実質で前期比0・1%増、このペースが一年続くと仮定した年率換算で0・5%増だった。

 

GDPの約6割を占める個人消費は、自動車やスマートフォンの新機種の販売が好調だったこともあり、0・5%増と2・四半期ぶりに増加に転じた。しかし、個人消費は昨年秋の天候不順で落ち込んだ前期の反動が含まれ、力強さを欠いている。実質的な賃金の水準を示す指標は前期比で0・4%減だった。

 

このように日本の景気は株高やインバウンド消費といったものに支えられてはいるが、本来の景気動向を左右する個人消費については回復しているとは言えない。

 

安倍総理がどんなに賃上げを声高に叫んでも、日本の中でその恩恵を受けられる層はごくわずかである。

 

労働者のかなりの部分を占める非正規労働者や日本人口の3割を占める年金生活者には無縁の話である。

 

このまま来年の消費税増税を強行すれば、再び日本経済が沈没する可能性は高いだろう。今までのアベノミクスの成果を無にしたくなければ、再び来年の消費税増税を見送るべきである。

カジノの回数制限とかFXのレバレッジ規制とか、日本の官僚の余計なお世話

政府は15日、カジノを解禁する統合型リゾート(IR)実施法案で、日本人のカジノへの入場を週3回、4週間で10回までに制限する方向で与党と調整に入った。
こういう法案は官僚が原案を作成するので、その内容には官僚の意向が強く反映される。日本人のカジノ入場を制限するなどというのは正に官僚的発想である。
 
FXのレバレッジを10倍に縮小しようという動きもそうだが、その発
想の根本には愚民思想がある。

 

国民を愚民と認識し、エリートである官僚はそれを啓蒙し導かなければならない、という考えは大久保利通が官僚組織を整備した時からの伝統的思考方向である。

 

国民はバカだから、カジノへの参加を自由化したら、ギャンブル依存症になる。またFXのレバレッジが高いと失敗して破産する者がでてくる。だから官僚はそうならないように国民の自由行動を制限しなけれはせならない。

 

日本の官僚の国民に対する考えは、自由放任すれば自分で自分わ破滅させる愚民というものである。だから前もってバカな国民が失敗しないように官僚が規制を厳しくする必要がある、というものである。

 

確かに、ギャンブルで身を滅ぼす者やFXで分不相応の取引をして失敗する者もいる。しかし、それは自己責任である。

 

政府のすべきことは一部の自己管理できない者の安全の為に他の自己管理できる大部分の国民の自由を制限することではなく、失敗した者を助け再起させることである。

 

一部の弱者の安全を口実に多くの健全な国民の自由を奪い自らの利権を拡大する官僚の規制は、日本国民をいつまでも他国民に劣る幼稚な精神年齢に留めるものである。

日本は本番で力の発揮できるスポーツ選手を育てるべき

平昌オリンピックがスタートしたが、現時点ではまだ金メダルは獲れていない。オリンピックを見ていて思うのだが、日本選手には肝心な本番で実力を発揮できずに終わる選手が多いように思う。

 

勿論、潜在的な能力は最も重要ではあるが、ここという時に自分の最高の成績をだせることも重要な要素である。

 

日本のスポーツ育成においては、どうもこのあたりの精神的な教育体制が弱いのではないだろうか。

 

メンタルトレーニングの分野において日本は外国に比較し遅れていると感じるのは私だけだろうか。